Louis 16, taking leave of his Family. (Titre inscrit (lettre)), Du 1er au 21 janvier 1793 : de l'assassinat de Basseville au procès de Louis XIV (Titre de la série)

1793年1月20日 マリー-アントワネットが夫ルイ16世と会話した最後の日です。

1793年1月20日 マリー-アントワネットが夫ルイ16世と会話した最後の日です。

午後8時すぎ、マリー-アントワネットは、家族と共に夫ルイ16世と面会できました。

面会は、午後10時15分ごろまでだったようです。

マリー-アントワネットは、翌朝7時、夫が処刑台に赴く前に、もう一度会う約束を夫としました

しかし、ルイ16世は、妻にも家族にも会わずに、処刑台へ向かいました。

聴罪司祭フィルモンのアドバイスを国王が取り入れたのでした。

処刑台に赴く直前では、家族がその試練に耐えられない可能性を考慮したのです。

この日、ルイ16世は、午後2時ごろタンプル塔で、国民公会の死刑判決を告げられました。

ルイ16世は、平然と判決を受けました。

しかし、死刑囚として幾つかの要求を国民公会に出しました。

その返事があったのが、午後6時ごろです。

家族と対面する時間が遅くなったのは、このためです。

参考文献:ルイ16世 著ジャン=クリスティチャン・プティフィス 小倉孝誠/監修

玉田敦子/橋本順一/坂口哲啓/真部清孝訳 中央公論新社 2008年刊

所蔵:Musée Carnavalet, Histoire de Paris

https://www.carnavalet.paris.fr

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